今日から3日間で17名の議員が質問をします。今日、私は5番目に登壇しました。今議会から、議員は説明資料を傍聴者と議場の議員、職員に配布出来るようになりました。前回の議会運営委員会で決まりました。大きな前進です。国会の予算委員会などではパネルを掲げて大臣に説明していますが、長久手市議会においてもパネルまでとはいかなくても「言葉で説明しにくい事項」に対して表や写真等を議会事務局に前日の正午までに提出することによって可能になりました。私も、早速「育休退園」の質問にたいして「産み控え」が起きていることを子育て支援課から提出していただいた資料を基に、友人にグラフを作成して頂き説明に使用いたしました。
(傍聴者と議場にいる人に配布された説明資料です)
一般質問9月5日①

★質問① 育休退園の廃止について
 この制度は昨年から1年以上かけて取り組んできましたが、待機児童と表裏一体ということで、未だに制度の廃止にいたってはいません。しかし平成28年度は小規模保育園で12名、西保育園改修で16名の計28名の受け入れ枠の増設、また来年度は長湫北保育園の移転新築で40名、2番目の小規模保育園1か所で19名、計59名の定員増です。この2年間で子育て支援課は87名の3歳未満児の定員を増やします。しかし、問題は過去3年間、受け入れ枠を増やしても、育休退園児と待機児童数は30名~40名です。どちらの天秤が保育政策にとって重いのかとても悩ましい現実があります。資料からみれば受け入れ枠は上向きで、退所者は減っているから廃止への舵をきってほしいと訴えました。二人目を出産するときにこの制度があるので、上の子が3歳になって退所児童に該当しなくなるまで産むのを控えようか・・をグラフは示しています。
 議論の末、私は一部緩和として2歳児はもうすぐ3歳児になるので入所継続を主張しましたが明快な答弁はありませんでした。理由は入所要件としている保護者の就業要件を120時間から60時間に来年度から緩和するので申込者の予測がつかないということです。しかし、様々な保育ニーズの一つとして捉え、あと1年ほどは様子を見たいという答弁が限界でした。
 今回取り上げて良かったことは、入所要件の月120時間が60時間と議場で答弁があったことです。国の政策とはいえ、昨年の育休退園廃止の署名運動で要請した事項の一つでした。

★質問② リニモ公園西駅とイケアを結ぶ歩道橋の階段をスロープ付にすべき!
 この質問は7月から担当課と事前にやり取りをして、どうしたら可能か、また追加予算まで推計して取り組みました。結果は現行のまま建設を続けるというものでした。
Q:ユニバーサルデザインではないことを市長はいつの段階で知ったのか。
A(市長):何月何日かは覚えていない(日にちを尋ねたのではなく、知った事実を聞いたのに)
Q:リニモ駅は現在1日1200人が利用。イケアが来年10月オープンすることにより1日平均3900人と300%の利用者になる。一般の市民利用にも影響がでるので、現行のエレベーターと階段だけではなく、スロープ付き階段により自転車やベビーカーも利用できるようにするべきでは。利用者に全ての選択肢がある歩道橋にすべきである。(ユニバーサルデザイン)
A:スロープ付き階段にすると勾配を緩やかにし、このための用地費や工事費が増えるので出来ない。愛知県の「人にやさしい街づくり条例」や市の条例に基づき総合的に判断して歩道橋にはスロープがない階段を設置する。
(私の調査によると・・・)
★スロープ付き階段の接地は勾配を緩やかにするため
 ・イケアからの借地を現行232㎡→400㎡に増やすことで可能
 ・追加費用→1.5億円~2.5億円  
事前に担当課とこのようなことまで話をしてきましたが、一度決めたことを見直すことが出来ないのには深い理由があるのでしょうか。この地域に住み、訪れる全ての人々が利用する歩道橋です。ノーマライゼイション→バリアフリー→ユニバーサルへとまちづくりの基になる思想が変わってきて15年。福祉の町日本一を目指す長久手市、もっと真剣に力をいれてほしいと思いました。

質問日の前日、現場を見てきました。
①この地域には民間業者による宅地開発で来年度から300世帯の団地ができます。
公園西駅①
(すでに、パークサイドヒルズ長久手は開発済み。)
公園西駅⑤

②公園西駅周辺区画整理事業だけでもイケアを挟んで南側の区域に1200人の若いまちができる。
(現在工事中・・すぐ東側は県の「愛・地球博記念公園=モリコロパーク」) 
公園西駅③
(この区画整理事業は平成35年度に終了予定=住宅が建ちます)
公園西駅②
(モリコロパークノ大観覧車=冷房付きです)
公園西駅④

 「住んでみたいまち 緑と文化 長久手の創造」 第3次長久手町総合計画
これは、私が38歳で町会議員に初当選した時の、長久手町のまちづくりビジョンです。当時の町長「山田市造氏」いわく・・21世紀まであと10年となりました。・・名古屋東部丘陵地を中心に大型プロジェクトが打ち出され・・このような地域環境の変化、地域開発の動向を十分考慮しつつ・・「緑と文化 長久手の創造」を提言します・・。

 この言葉は、25年過ぎた今でも頭にこびりついています。緑豊かな文化性の高いまち・・住んでみたいまち。長久手。