2020年08月

     愛知県は増える新型コロナ感染を抑え込むために、8月6日~24日まで県独自の緊急事態宣言を発令した。毎年お盆には故郷へ帰省してお墓参りするのだが埼玉や静岡県の妹とも相談して断念した。
     私の田舎ではお盆とお正月は兄弟姉妹が帰省して亡くなった兄や父のお墓参りをすることが暗黙の行事であった。母も平成29年春に旅立ち現在同じお墓に眠っている。コロナウイルスは私たちの年中行事までも止めた。
    <3年前の春、母の葬儀を終えて戻る日の故郷>
     29年4月富士山
    <100歳まで生きるが口癖だったが98歳で旅立った私のお母さん>
     ⑪母97歳
    市約所に「お盆」はないので9月議会の準備に通おうと専念しているが室内でも30度を超える熱風で頭が回らずはかどらない。
     令和2年8月15日②
    帰省するために、10年乗っている車のライトもカーショップでピカピカにするなど準備をしてきた。
     令和2年8月15日①
    午前11時45分からTVで政府主催の戦没者追悼式の中継をみた。

     戦後75年・・幼い頃、母(大正7年生)は戦争の話を沢山してくれた。兄弟が戦死したこと、戦後の物資が無い中苦労して私たち6人の兄弟姉妹を育ててくれたことは今でも覚えている。双子の私たちのために保育園のお遊戯会で着るワンピースを母は自分の着物の糸をほのいて2枚作ってくれたこと・・。戦禍をくぐって生き抜いてきた母と父。戦後生まれの私でも戦後の田舎での生活がどんなに貧しかったのか覚えている。

    TVで首相と天皇のお2人の式辞をきいた。その違いに一瞬耳を疑った。
     安倍首相の式辞が心に響かなかったのはアジア諸国への加害責任や反省など過去に向き合う言葉がなかったからだ。

     天皇陛下は「さきの大戦でかけがえのない命を失った人々とその遺族を思い深い悲しみを新たにする」と、また「新型コロナウイルス感染症により新たな苦難に直面している・・人々の幸せと平和を希求していく」と過去の反省から不戦を願うという追悼の言葉であった。
     令和2年8月15日③
    以前、娘に「4人の孫に対してどんな本を読んであげようか?」とたずねたとき娘は「お母さん、本よりもおばあちゃんから聞いた戦争の話を孫たちに話してほしいな」と言われた。
     戦後75年という歳月のなかで、母から子へ、子から孫へ語り継ぐことが自分の身の周りで現実のこととなってきている。

     母から聞いた戦中・戦後の話、記憶が鮮明なうちにノートに綴っておこうと決めた。v( ̄∇ ̄)v

     ここに住んで30数年、初めて小原、猿投へ足を運びました。小原では和紙工芸館で紙すきを初体験。色の違う紙を3回すいてお土産に文字の作品に挑戦。↓
     令和2年8月12日①
    和紙はその場で乾燥機に入れて持ち帰りOK。待ち時間、工芸館の中を見て回りその歴史を知りました。
     令和2年8月12日②
    ・戦時中、碧南市出身の藤井達吉翁が疎開してこられ、小原和紙の良質なことに着目し伝統ある和紙を朽ちさせないために和紙の美術化を考案し村の青年たちを集めて美術和紙工芸の制作を創めたそうです。

    工芸館までの道のり、幼い頃にみた野の草花がいっぱい。↓
     令和2年8月12日③

     令和2年8月12日④

     令和2年8月12日⑧

     令和2年8月12日⑤

    小原には四季さくらの里がありました。秋頃から咲き始める桜の花を知人たちが「見てきたよ~」と良く話します。夏の四季桜の里!↓
     令和2年8月12日⑥

     令和2年8月12日⑦
    ・藤棚は炎天下、木陰になりました。
     令和2年8月12日⑨

    猿投神社も、初めて参拝。いつものようにおみくじをひきました。いいくじはお財布に。また少し厚くなったお財布、でも嬉しいな!
     令和2年8月12日⑫

     令和2年8月12日⑪

     令和2年8月12日⑩
    ・この左鎌はスゴイ!豊田市だけあってトヨタ自動車関連の会社の左鎌が沢山奉納されていました。
     令和2年8月12日⑭
    ・由来です。
     令和2年8月12日⑬

     この地域は田園の中にトヨタ自動車関連の大工場がいたるところにあり、一方で歴史を感じる故郷がある。
    行き交う人もなくお盆前の半日散歩。日頃の運動不足をちょっぴり解消~。v( ̄∇ ̄)v

     昨日からマンションの室内が午後になると30度を超えた。炎が戸外から室内に入ってきたようなような暑さ。今日も議会のコロナ感染症対策会議が終わり、外にでると、煙こそないが炎のような暑さに襲われた。青空の中に奇妙で大きな雲が見え一瞬何かが起きるのではと恐怖を感じた。
    16:14分に見た時から10分後の16:24分、みるみる間に大きくなった。入道雲なんだ!
     令和2年8月11日③
    エンジンをかけた時の外気は42度。また昨年と同じ炎のような酷暑がやってきた。
     令和2年8月11日②
    市議会新型コロナウイルス感染症対策会議は4月から始まり既に4か月。6月から小中学校の休校が終わり、市の公共施設の臨時休館も少しづつ解除され第1波の苦しい自粛生活から脱したかと思ったが、7月中旬からの感染者数の急増は本市も例外ではない。

    ・3月時点の第1波の頃は6人の感染者であったが、7月中旬に7例目が報告され今日は31例目の感染者が愛知県のHPに掲載された。
    ・市議会としても、議会でのコロナ支援策を丁寧に審査し、また市の対策本部に対しても市民の要望を伝えてきた。新聞等の報道は毎日「国内各県ごとの感染者数は○○人、これまで○○人である」ということは報道されるが一体いつになったら、どのようになるのかわからない。究極はワクチンと治療薬ということはわかっていても出口の見えないことに不安を感じる。

    今日は、議員と職員が発症した時は報道発表の対象になることを会事務局長から告げられた。コロナウイルスがすぐそこまで来ていることを実感した。

    ・私たちも市役所に登庁して登庁板を押したら、議会事務局に設置された非接触性体温計で熱を計ることになった。(6月議会の補正予算で全課に1つ設置されている)

    ☆市は、本市の感染者は○○例目です・・とHPに乗せるが、県のHPに飛ぶだけで陽性者数の概要までは報告していない。愛知県HPを印刷したものを事務局長からいただいたので概要がわかった。

    【愛知県検査陽性者の状況】8/10/21時現在
    陽性者数:3,234人
    入院等:1,803人(入院300人 入院調整92人 自宅療養1,310人 調整101人)
    施設入所:49人
    退院:1,345人
    ★死亡:37人

    コロナウイルスに感染することの怖さを、この概要をみて改めて自覚した。川 ̄_ゝ ̄)ノ

     久しぶりに平和堂内にある美容室へいった。なぜか店舗内がさっぱりしている。そして席に案内されて驚いた。
    鏡の前に1台のタブレット端末が無機質に置かれていた。
     令和2年8月7日⑤
    コロナ対策のために雑誌を止めて、タブレットで好きな雑誌をご覧くださいね~ということだった。
     私はすぐにヤフーの画面にしてニュースをみた。
     令和2年8月7日①
    しかし、ヤフーニュースは自宅でも見れるので雑誌はどのようになっているのだろうかチャレンジ。
     令和2年8月7日③
    「びゅーん・読み放題スポット」
    ・ぐるめ、お出かけ、生活、るるぶ(旅)と沢山の雑誌を見ることができる。迷ってしまうなあ~。

    ・お料理の本を探した。夕食の参考にすこしなったかな。
     令和2年8月7日⑥
    美容院の店長は深刻だった。コロナ禍でお客様がだいぶ減ったらしい。コロナ対策用に導入したタブレット。お客様にマスク着用のままお願いするのでカウンターにはマスクが。
     令和2年8月7日④
    私は、平和堂のオープン以来この店内の美容室を利用しているので店長の言葉にドキッとなった。「廃業まで追い詰められているんですか?」「いいえ、大丈夫ですよ。僕はコロナ対策をしっかりしてきっとまた元のようにお客様に安心して来ていただけるように頑張りますよ!」と言葉が返ってきた。

     美容院はお客も美容師さんもマスクをして、極力接触しないように気を付けていた。不特定多数のお客様が触れる雑誌をタブレットに。
     身の周りの色々な業界でコロナ対策を講じ、みんなが意識を変えて頑張っている。油断したらいけないなと思った。店長、また来るよ。長く続けてねと言ってパーマをかけていただいた。
     令和2年8月7日②
     .。o○.。o○.。o○.。o○ .。o○.。o○.。o○.。o○ .。o○.。o○.。o○.。o○

     昨年12月定例会で「古戦場再整備計画」について一般質問した。古戦場再整備は本来ならば今年度着手の予定であったが財政難から最低でも令和5年度以降に延期し事業年度も確定していないという答弁であった。
    令和元年度の当初までは延期の予定ではなく、郷土資料室と共に、この建物内にある「喫茶・はなはな」は工事のため昨年5月末に閉館したのである。モーニングやお昼のお弁当が人気で、惜しまれての閉鎖であった。

     その6っか月後に突然再整備事業延期が正式に決まった。このため令和2年4月から再び資料室は開館し公園全体はこれまで通り利用できるという答弁であった。

     郷土資料室が閉館されると訪れた人々は水分補給する場所がない。そこで自動販売機の設置をお願いした。
     7月に入札をして8月1日に設置されると聞いたので出かけてみると立派な自動販売機があった。
     令和2年8月6日①
    ペンキが剥げて文字が読めなくなっていた史跡案内の看板は3月に新しくなったが、やっと自動販売機で喉を潤すことができる。行政を動かすという事が今までどれほど大変か経験してきたので小さな成果であるが嬉しい。
    ところが、喫茶はなはなの場所は古戦場のワークショップを今後も続けるのでそれに使用するという答弁であったが6月議会で、いきなり観光交流協会で使用しているという説明である。この郷土資料室は長久手市の行政財産である。2年前に一般社団法人になった観光交流協会に貸したことについて、議会へは事後報告であった。
    (長久手観光交流サポートセンター=分室になっていた)
     令和2年8月6日②
    (喫茶・はなはなの面影は全くない)
     令和2年8月6日③
    (市の観光お土産コーナー・・)
     令和2年8月6日④

     令和2年8月6日⑤
    ここにいた職員は、一体何をするんだろうか。観光交流協会の事務所は今までの場所(市役所東分庁舎2階)にある。喫茶・はなはなが使用していた厨房があるので、コーヒーだけ飲めるようにすると話してくれた。
    【観光交流協会への補助金】
    ・平成30年度決算:1,877万円
    ・令和2年度予算  :1,837万円

     問題は法人化されると、(株)長久手温泉のように事業の内容を議会がチェックしにくいことである。先日新聞折り込みでみたチラシもこの補助金で作成したんだ。コロナウイルスに対するアンケートも行っていた・・。1,800万円は税金であるがここにいた女性3人はボランティアなのか、パートなのか全くわからない。

    今の長久手市って、全くお祭りごとばかり市民を動員しておこなっているように見える。市の財産を右から左へ簡単に法人へ貸してしまう。私にはめちゃくちゃに見えて仕方がない。
     1,800万円の補助金を長久手市のために、何に、どのように使っているのだろうか・・。
    v( ̄∇ ̄)v

    このページのトップヘ