2018年03月

     今年のお年玉付き年賀はがきは切手シートが6枚当たっていました。毎年交換の時期が過ぎてしまうので切手を買うついでに交換してきました。戌年だから“犬”のデザイン?
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    待合室では折り紙でつくった🍓が目をひきました。何となく美味しそう~。
     30年3月15日②
    チューリップも春を感じさせてくれました。特定郵便局のせいか、手作り感のある飾り物が多くて、色々と物色しながら待ちました。
     30年3月15日③
    夜は、知人から頂いた土筆を甘辛く煮てお酒の肴にしました。
     30年3月15日①
    幼い頃は田の土手にいけば土筆が沢山ありました。この土筆は細長くて袴をとっても折れません。しかし、とっても柔らかく煮ることができました。微妙な苦味が自然を感じさせてくれます。今年は冬がとても寒く感じたので急に訪れた春に感動しています。v( ̄∇ ̄)v

     この桜、色が濃くてとってもきれいです。瀬戸市に近い市内の東の地域を車で走っていて見つけました。
     30年3月14日②
    暖かい日差しのため、コートを脱いでの運転中に出会いました。池の土手に1本の桜の木です。
     30年3月14日①
    土筆を探しながら土手を昇ると大きな池です。私の足音に気づいたのか鴨が飛び立っていきました。
     30年3月14日③
    それにしても、いい風景です。時々走っていますが土手を昇ったことはありません。土筆は見つかりませんでしたが豊かな自然を見つけて、大きく深呼吸しました。v( ̄∇ ̄)v

     私の所属委員会である教育福祉委員会が開催されました。審査議案は14件です。今議会は重要な議案の審査がありました。国民健康保険条例と介護保険条例の一部改正です。この2つの条例は今年度当初から大きな改正があるので一般質問で取り上げ、また策定委員会も傍聴して一般質問での答弁内容が反映されているのかもチェックしてきました。
     30年3月13日③
    国民健康保険は4月1日から都道府県化されて税率が変わります。約9,000人が加入しており、昨年3月の試算では一人当たり6万5千円ほど保険料がアップするという説明でした。大問題です。6月と9月定例会で一般質問し、9月時点での試算は一人3万5千円の増額という試算でした。しかし、負担増を極力抑えるためには市の一般会計から約3億円繰り入れることにより少額で済むことがわかりました。
     国からも最終的に制度改正による負担増は望ましくないという意見が出されていることを取り上げて、予算書には約2億9千万円の繰入金が記載されていました。ひとまず来年度のアップ率を最小にすることができ、また資産割も税の二重課税ということで廃止の案が上程されました。私としては質問の成果は約90%位かな~と、ほぼ納得です。また市独自の低所得者層の方への負担軽減策も講じられて議員として精一杯取り組んだ結果と思っています。

    介護保険料は3年に1度の見直しです。これも一般質問や策定委員会の傍聴を通して所得段階を多くすることにより所得に応じた公平な負担となるよう求めてきました。議案書には現行10段階⇒13段階となっており、また基準月額は現行5,045円⇒5,345円と300円のアップという小幅な増額が示されました。

    反対した議案は市指定地域密着型サービス事業に関する条例の一部改正案です。この改正はいわゆる市民限定の小規模特養での夜間のオペレーター任務に介護職員が兼務できるという規制緩和です。経営者にとってはメリットがありますが、介護職員や利用者の側にたってのものではないことがわかりました。
     市内には入所定員29名+ショートステイ10名=39名の施設が2か所ありますが、夜間の職員は国の基準では2名です。オペレーター業務をこの2名の定期巡回職員が兼務できるというものです。
     夜間は介護事故も起こりやすく、同時に3人からコールがあった場合対応できません。市はコールの頻度が少ないという答弁でしたが何かあった時に困るのは利用者さんです。介護サービスの質が下がることを意味するので賛成できませんでした。日本一の福祉のまちを政策に掲げ、自らも特養を複数持つ社会福祉法人の理事長出身の市長です。国の省令改正に伴うこととはいえこういう時こそ市長の裁量を発揮していただきたいと思いました。

    議案審査後は所管事務調査です。3月1日にオープンした「介護老人保健施設 葵の園・長久手」の説明を受けました。現地視察は4月7日です。
     ドローンで撮影した施設の写真です↓
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    ☆県立長久手高校の南、愛知医科大学のすぐ西に位置しています。
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    ☆1階平面図=多床室(60名)
     30年3月13日⑥
    ☆2階は10人のユニットが4つです(40名)

     長久手市には老健がありませんでした。市民待望の老人保健施設設置の許可が愛知県からだされて、4つの事業者が公募に応じました。私は、公募条件に妙な不自然な点を感じて一般質問した経緯があります。

    ①補助金は一切なく、約10億円の建設費は全額法人持ちです。しかし、市長の大好きな「緑のカーテン=南側に植樹」と「カフェ開設」が条件としてありました。総合計130点満点中この緑化とカフェで35点を占めています。
    ②ところが、カフェはこの地が調整区域のため設置できず「地域交流サロン」となりました。緑のカーテン=植樹は植栽はされていますがカーテンになるまでは相当年数がかかりそうです。
    ③公募条件に、場所は調整区域はダメとし、公募できない事業者がありました。にもかかわらず102.2点を獲得したこの医療法人が選ばれましたが、結果的に調整区域のため「カフェ」は設置出来ませんでした。??
    ④公募の場合のエリアはたいてい愛知・岐阜・三重の中部圏ですが、この時に限り静岡県まで。そして静岡県熱海市の医療法人が最高得点でした。

    💛市民枠について長寿課長からは100名中50名あると聞いておりましたが、結果的に市民は17名入所でオープンしました。
     多くの疑問点もありましたが、市内に設置された待望の老人保健施設です。この施設が無事に役割を果たして頂けるように「地域交流サロン」を通して暖かい交流ができるとことを期待したいと思いました。💛

     今定例会のメイン条例である自治基本条例=愛称:みんなでつくるまち条例の審査が、本会議の審議を経て付託先の総務委員会で審査されました。
     30年3月12日①
    朝から一日傍聴しました。同じ会派からは上田議員が委員として会派の意見を鋭く質問しました。
     30年3月12日②
     昼休みを挟んで午後も委員全員が活発に質疑をしました。全21条からなる新規の条例(案)ですがパブリックコメントも多数寄せられたため、議会への正式配布は2月7日です。2年をかけて市民と市で作成してきたものですが、期待をして内容を読むと市の最高規範の条例としては多くの疑問がありました。私も2月22日の本会議で詳細にわたり質問しましたが答弁はああ言えばこう言う・・という感じで納得は得られませんでした。少なくとも最高規範であるならば誰が読んでも同じような解釈にならなければいけないと思います。
       ♢     ♢     ♢     ♢     ♢     ♢
     途中で市長から「このまちは今まで市民主体で何もやってこなかった。この条例についても2~3年のばせばよいと言ってきた」という発言があった時には、委員会室にどよめきがおきました。
     提案者の市長から2~3年延ばせと職員に言ったという発言を受けて、パブリックコメントでも多様な意見が出たので、もっと広く検証する、議論をしましょうという意見もでました。
     しかし、暫時休憩後に市長から発言があり「2~3年後というのはこの条例を定着させるのに2~3年かかると訂正します」ということで、混迷は深まる一方でした。

     約2時間後の午後3時10分、ほぼ意見が出尽くした時に上田委員から「継続審査」の動議が出され採決しましたが、動議に対する反対者が委員6名中4名で否決され、その後委員会としての採決になってしまいました。同じく4名の賛成で「賛成多数」で委員会は可決でした。
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     この自治基本条例は議員18名中ほぼ半数の議員が疑問を持っていました。しかし、「市民参加で作った」という大義が前面に打ち出され、私自身は継続審議にして、もう少し議会としても納得のいく、そして全員が賛成出来るように修正して再提出を願っていましたが強行採決という結果となりました。

     残るは、閉会日の3月23日の本会議で、この日の審議結果が議員一人一人の賛否にどの程度影響を与えられるのか・・です。条例案の配布を受けてから約1か月、他の議案もありますがこの自治基本条例の精読や問題点、課題、修正等々多くの時間を費やしてきましたので脱力感で一杯です。。。

     7年前の3月11日午後2時46分、郵便局のカウンターで切手を買っていた私は大きなめまいに襲われ、カウンターにしがみつき「すみません、めまいがするので救急車を呼んでいただけませんか」とお願いしました。局長さんが傍に来て、めまいは地震のせいかと・・局舎全体がゆらゆらと揺れて、地震が収まると私のめまいも収まりました。
     このような経験は人生で初めてでした。しばらくするとまた大地が揺れてめまいが襲ってきました。
    これが、私の経験した東日本大震災です。その後のTVの映像は想像を絶するものでした。
      ♢    ♢     ♢     ♢     ♢
     7年目の今日、犠牲になられた方々に黙祷を捧げながら、日本列島はこれからいつ地震が起きてもおかしくない時期に入ったと改めて思いました。そして、東電福島第一原発事故からは更に大きな衝撃を受けました。2002年、私は社民党脱原発PTの座長として事故を起こした原子炉の真下まで防護服を着用して事故調査に入りました。放射線管理区域内になっている赤ちゃんのお尻のような格納容器の真下に行き、東電職員から「原子炉格納容器からの水漏れ」の説明を受けました。
    格納容器の真下には3分間だけ留まり、2分間で階段を昇り退出するという厳しい条件下での調査でした。着用した下着は脱ぎ捨て、替えのものを着用しての防護服脱着作業でした。チェルノブイリ原発事故から、目に見えない放射線の害を学んできましたが、この体験は今でも忘れません。

     原発で事故が起きるたびに全国の原発の内部へ入り調査をしてきました。福島第一原発の建屋が爆発で飛んだ映像を見た時は「この世の終わり」を感じました。日本は事故をおこした福島原発をどのように廃炉にしていくのだろうか。
     日常の生活は否応なく原発事故を風化させようとしています。3月11日だけの日にしてはいけないと思っていると、昨日、あるTV曲の報道特集番組に、友人である元日進市の職員宮地勝志さんが映し出されていました。宮地さんが日進市の職員として震災直後から応援に入り、そのまま川俣町の職員になった話は聞いていましたがTVでお会いできるとは!、急いでスマホで撮りました。↓
     30年3月11日⑤

     30年3月11日③
     
     30年3月11日②

     30年3月11日①
    屋根付きプールに子ども戻らない!
     30年3月11日④
    国が作った物で被災した「故郷」を取り戻せるのか。
     30年3月11日⑧

     30年3月11日⑦

     30年3月11日⑥
    20年ぶりに見る、福島県川俣町 原子力災害対策課長 宮地さんの顔には笑顔はありませんでした。

     20世紀、人間は自分たちで管理できないものを地球上に作ってしまいました。原子力の前で何ができるのか、停止している原発を再稼働させては絶対いけない。原発は停止といっても、車に例えればエンジンをかけて停車中に過ぎず、車のエンジンを切ることが廃炉でありその道のりは未だ遥かに遠い。
     遠い道のりであっても人類の責任としてやりとげなければならないと思います。・‥…━━━☆・‥…━━━☆ 

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