2017年04月

     午前零時過ぎに、永遠の眠りについた母と一緒に家へ帰りました。姉と共に、住職さん、JAおもいやり会館の方と母を送る日程や段取りの打合せを終えると朝になっていました。
     年に2~3回帰省しますが、この季節が一番美しいです。しばらく外に出ていなかったという母にも庭や野の草花を見せてあげようと、近所を一周してきました。
    (庭の花・・・)
    29年4月14日上井出⑤

    29年4月14日上井出⑥

    29年4月14日上井出⑦

    29年4月14日上井出④
    (実家から富士山が見えて、とても嬉しい!)
    29年4月14日上井出⑪
    (近所の道端に咲く花々・・)
    29年4月14日上井出⑩

    29年4月14日上井出⑨

    29年4月14日上井出⑧

    (私の卒業した小学校へ続く道には桜が咲いていました・・)
    29年4月14日上井出②

    (戦後、開拓されたこの地域では酪農を営んでいる友達の家もあります)
    29年4月14日上井出①

     母は、こんなに豊かで美しい自然に触れながら暮らしてきたんだ!と改めて思いました。18歳まで住んだ故郷の自然の風景は昨夜の悲しみを少し和らげてくれました。
     100歳まで生きる~が口癖の母に、大往生できて良かったね。私も気持ちを変えて頑張るよ!と、心の中で叫ぶ力を故郷の自然は与えてくれました。

     先週、北中学校入学式で前北小校区自治会連合会長さんと一緒になりました。その帰り道、私たち女性議員3人は自治会やまちづくり協議会が3月議会でも議論になり長久手市の課題でもあることから前会長さんと長い立ち話をしました。そしてお借りしたDVDが「困った時はお互いさま」~孤独死ゼロ・大山団地の挑戦~です。
     私は鑑賞会の前に試写しました。
    大山団地の挑戦②

    東京都立川市大山団地は29の大小様々な形の建物に1,600世帯、4,000人が暮らしています。ETV特集でテレビ放送されたDVDは、年に一度の住民運動会の呼びかけから始まりました。
    大山団地の挑戦①

    大山団地の挑戦⑥

     軽トラの助手席からはマイクで「雨もあがったので運動会行います~」の呼びかけが、高層階の通路から「参加するよ~」と人々が手を振って応えます。
    大山団地の挑戦⑦
    雨もあがり始まった運動会には1,000人以上の住民がかけつけました。国籍も年齢も様々!
    大山団地の挑戦⑤

    大山団地の挑戦④

     自治会の加入率は立川市の平均加入率50%からすると100%という驚きの高さです。そしてもう一つの特徴は10年来「孤独死ゼロ」の団地です。自治会の運営はとてもきめ細かく、清掃日の朝は全員が参加します。車いすの住民も清掃はしなくても集まります。集合時間に来ない人は呼びにいき、出席をとります・・このような濃密なお付き合いに、住んでいる人は、煩わしさを感じず温かくて住みやすいと話します。
     日本で一番住みたいという大山団地、小さな村のような不思議な団地の「今」が59分の映像で流されました。
                        
     議員控室で午後から鑑賞会です。ところが、お昼過ぎに母が危篤という連絡が!上映会を済ませてから母のもとへかけつけようか迷いましたが、事前に議会事務局の職員が準備をしっかりと協力してくださっていましたから、私は安心して静岡県富士宮市に住む母のところへ娘と一緒に車を走らせました。
     娘は孫にあたりますが「おばあちゃんがいたからお母さんがいて、現在の私がいる。大切なおばあちゃんに会いたい。一緒に行くよ」と同行してくれました・・嬉しかったです。

     100歳まで生きる・・といって3月まで元気だった母が病院のベッドで息苦しそうに呼吸をしていました。目を閉じ、声をかけてもうなずいてくれない母・・。看護師さんから「耳は聞こえていますよ」と教えられ一生懸命母の肩や腕や足を触り、頬に軽く触れて声をかけ続けましたが午後10時45分永い眠りにつきました。
     母は私と姉の溢れる涙と一緒に病院から自宅へ帰りました。

     行年99歳。入院して3日目、医師からは既に老衰が始まっていると言われていたそうです。お母さん、大往生だったんだねと、冷たくなっていく母に声をかけました。
     母は大正8年生まれで、昭和、平成の時代を生き抜いてきました。生まれも育ちも富士宮市。
     約1世紀にわたり、雄大な富士山に抱かれ、富士山を仰ぎ見て人生を終えました。
     お母さん、ありがとう。本当にありがとう。お疲れ様でした。

     教育福祉委員会の6人のメンバーは議会事務局長の運転で豊田市へ行政視察に行ってきました。視察先はあらかじめ先方に依頼をしてありますので時間通りに私たち一行を出迎えていただき、また視察目的に沿った資料と担当者が質問事項に対して丁寧に答えて下さいました。
     視察先は二箇所で、「とよた子どもの権利相談室」と「中央図書館」です。

    ☆こどもの権利相談室
     豊田市では2007年10月に「豊田市子ども条例」が施行され、この条例に基づいて各種施策や事業が取り組まれています。これらの内容について密度の濃い調査ができました。質疑の中で、根底に「子どもの視点で考える」「中立であること」がしっかりと伝わってきました。そして小中学生から始まり、若者のニート・ひきこもりへの対応支援(~39歳)までと幅広い取り組みを継続的に行っていることがわかりました。それぞれの年齢に合わせた様々な資料や啓発グッズも配布していました。
    4月12日豊田市視察⑪
     行政、学校、教育委員会、家庭、関係機関などと幅広い連携をはかっています。昨年8月に東京都世田谷区の、子どもの権利をまもる「せたホッと」を視察した折に、豊田市も先進的な取組をしていると紹介されたことをうけて訪問しました。
     私は、小さな子供が家族や学校の先生にも言えない悩みをどのようにして第三者機関が相談にのれるのかとても関心をもっていました。そのためには、まずはこの相談室へ連絡してくることから始まります。豊田市では小学校と中学校と分けてフリーダイヤルの入ったカードを全児童、生徒に配布していました。
     世田谷区では消しゴムでしたから毎日使うものなので自然に子どもたちが意識できるな!と思いそのことを話したところ、何と豊田市ではボールペンでした。
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     赤色ボールペンです。黒はよく使いすぐになくなってしまうから「赤色ボールペン」にしたという説明を聞いて、担当者の熱意を強く感じました。帰りに1本づつ頂戴することになり、請求したようでちょっぴり顔が赤くなりました。
    (相談員の方々と記念写真・視察の様子です)
    4月12日豊田市視察③

    4月12日豊田市視察⑤

    ☆中央図書館(指定管理者制度を平成29年4月1日から導入)
     図書館は名鉄豊田線、豊田市駅前にある「豊田参号館13階建」の3~7階です。このビルには他に「能楽堂」「コンサートホール」があります。まずは施設の見学から始まりました。
    (図書館出入り口・・ちょっと抵抗を感じました)
    4月12にt豊田市視察③
    (点字図書の多さにビックリ!)
    4月12日豊田市視察①
    (人にやさしい図書館・・の特徴です・・大きな活字の本です)
    4月12日豊田市視察②
    (乳児連れ利用者や子どもに配慮したコーナーです)
    4月12日豊田市視察⑧

    大きな特徴として「自動車資料コーナー」
     豊田市ならではの自動車関連図書が約58,000冊収集してありました。この図書は全国の自動車関連会社に勤務されている方々が借りているそうです。
    (各自動車メーカーの車種ごとに発行されている厚い専門書です。初めて見ました!)
    4月12日豊田市視察⑥
    (子どもの相談室・・を連想させる図書も充実しています)
    4月12日豊田市視察⑨
    (広い空間がありゆったりと利用できそうです)
    4月12日豊田市視察⑦
    全国の中核市では最大の延べ床面積(12,567㎡)を誇り、蔵書数約114万冊。閲覧席は608席です。
    事前にこちらから質問を送付させていただき、これに沿って質疑をさせていただきました。

    1 指定管理者制度を導入した考えとこれまでの経緯について
    (説明)17年前にオープンしたがインターネットや携帯端末の影響で利用者・貸出数が減少。そのため「出会いと交流・こども図書・課題解決」という方針に基づく取り組みを効果的・効率的運営体制の下で進めるために導入した。
     このことにより市民サービスが向上・・例:開館時間の延長 午前10時~午後8時
    2 指定管理者の決定では複数の候補者はいたのか。また指定管理期間は
    (説明)候補者は1社(TRC・ホ―メックス共同企業体) 期間は3年
     質疑の中でわかったことは、指定管理料の中に「図書購入費」も含まれていました。私は地元の書店に影響がでないような対応があるかたずねたところ、一般図書の8割を地元書店から、専門書を指定管理者のTRCから購入ということでした。購入図書の選定については「市の基準」を持っているので指定管理者(TRC)と協議して、購入はTRCがするということでした。
    3 不明本の年間冊数・・毎年3,000冊程度=0.3%

     長久手市の図書館でも「指定管理」の話がでていることから今回の視察になりました。豊田市は指定管理により開館時間の延長ができたという説明でしたが、コストをかけずに利用者増をはかることについては導入直後でしたから明確な説明を聞くことは出来ませんでした。すぐ近くに開発中のビルが11月にオープンしそこはシネコン=映画と図書館になると知りました。図書館の見せる化を事業者と連携して行うそうです。

     人口約5万6千人の長久手市と42万3千人の豊田市とは財政規模、地理的条件など違いますから参考になる事とそうでないことをしっかり見極めて、今回の視察の成果を活かしていきたいと思いました。

    午前10時から臨時的な議会運営委員会でした。会議には人事異動で代わった新事務局長も出席するので楽しみでもありました。
    29年4月11日②
    議題は「予算・決算審査の常任委員会化」についてです。既に2月から議会運営の課題として取り組んできました。今回で3回目です。先月3つのパターンが示され今回は各会派で話し合い、その結果を出し合いました。結果的には「常任委員会」とし、審査は「分科会」で行うという事に決定しました。
     しかし、具体的に実施するための課題もあり次回までに4つの課題を各会派で話し合ってくることにしました。
    ①分科会の人数
    ②3つの常任委員会のメンバーと同一メンバーにするのか
    ③審査する内容は、一般会計と特別(企業)会計と分けて審査するのか
    ④議長と監査委員は分科会の委員に含めるのかどうか・・

    近隣市では「瀬戸市」と「日進市」がこの方法をとっているので「試行」前に勉強に行きましょうということに。現在議員は18人ですが「予算・決算特別委員会」の委員は8名なので、この方式にすると議員全員が審査に参加できるようになります。
     長久手市は市制を施行しました。議会も「町議会」から「市議会」になりましたので少しづつではありますが市民の期待に応えられるような「議会改革」に取り組んでいます。「常任委員会」にするためには条例を「できる規定」にする必要がありますので㋅議会で改正案を提案することも決めました。大きく一歩進んだと思いました。

    あいにく朝から雨・・。そして私の地区は「古紙・ペットボトル」の回収日。住んでいるマンションのゴミ置き場には屋根がないので古紙が雨に濡れていました。回収の委託事業者さん、大変だな~と思いながら駐車場へ向かいました。
    29年4月11日①
    毎月第2火曜日の月に一度の回収日に雨が降るなんて・・運動会や町内清掃などの時は「雨天中止」となりますが、行政のする仕事に空模様が考慮されることはありませんね。家路に着く頃は古紙・ペットボトルは回収されていました。雨の日に、ありがとうございました。
    来月はどうかお天気に恵まれますように!お願いいたしま~す。
                             

     今週土曜日15日、私は故郷に帰ります。98歳の母に会いに、また中学校の同窓会の日程にも合わせました。初参加の同窓会。おりしも大きな封筒に8枚もの切手が貼られた郵便が届きました。何と卒業した中学校の創立50周年記念誌です。作成に関わったメンバーも同期でした。今週会える同窓生3人に一足早く記念誌で会えました。同窓生の姿、私の頭の中では未だ約50年前の状態。それでも、何となく面影が残っていてすぐに誰か思い出しました。
    (富士宮市立西富士中学校50周年記念誌・・間遠の丘・・)
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    西富士中学校は私が中学2年の時に上井出中と白糸中が統合してできました。当時3階建ての鉄筋校舎が完成して両校の生徒は自分の机と椅子を手で持って運んだと書いてありました。そういえば重たい机を持って30分ほど歩いたかな~。発足時には校歌もなく、新校舎に移転してから、その環境にふれ、なれて、その実感を表現したものにしようと先生方が決めて職員、生徒、校区民から募集して作られました。応募者240点中からクラスメイトの作品が選ばれました。

    1ページまた1ページ、全てが懐かしい記憶を呼び起こしてくれました。第1期生~50期生全員の写真と氏名が載っています。
    西富士中②
    3年4組・・私のクラスです。恩師の顔とクラスメイトはすぐに分かりましたが、自分を見つけた時は~やっぱり中学生らしいと思いました。

    50周年記念式典では現在焼津市立総合病院で院長をしている同級生の記念講演が行われたことが書いてありました。彼の話の中で「ここにいる西富士中の皆さんは立派な田舎者です田舎者は人より少し上を目指すのではなく、自分自身の大きな志を実現させるべく努力を。どんな世界に進んでも、人のまねをすることなく自分の道を歩んでいれば満足した結果が得られます・。」本当にこの通りだな~、私も立派な田舎者そうろうで生きてきました。いいこと言うなあ~と嬉しくなりました。

    (これまで3893人が卒業。卒業生氏名の中に自分の名前を見つけホットしました。)
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    いよいよ15日には皆と再会します。胸がワクワクします。
    同窓生の写真と氏名を一人も漏らさず載せてくれた仲間、同窓会を企画してくれた仲間、、再会したら「ありがとう~」っていう言葉しか思い浮かびません。新幹線と特急ワイドビュー富士川号で富士山の麓富士宮へ帰ります。v( ̄∇ ̄)v
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