2016年10月

     今日の研修会はは自治体病院研究の第一人者である「城西大学の伊関友伸教授」を講師にお迎えして、これからの陶生病院の経営戦略はどうあるべきかという講演会でした。
     大会議室は、組合議会議員だけでは「モッタイナイ」お話をする方なので、構成市の議員・職員、病院事務局員、医師、看護師の方々等多くの参加者で埋まりました。長久手市からも議員や職員の参加がありました。
    陶生病院研修会10月17日
    (講師の伊関教授の著書等です)
    陶生病院研修会伊関教授⑤

     2時間休みなくパワーポイントで示しながら、しかしご自身は映像を見ることもなくスピード感ある語り口で分厚い資料(約1㎝)一冊分を講演しました。とにかく、良かった。それは、陶生病院の現在置かれている現状をシビアに理解できたことです。一般論ではなく具体的に、例えば「豊橋市民病院」と「陶生病院」の比較です。診療科別に医師数から見ての診療体制の分析、両病院の強い所、弱い所など・・照会しながらの講演ですから興味や説得力がありました。
    陶生病院研修会伊関教授①

     医師がいなければ病院は成り立ちません。戦後からの国策としての医学部定員に関する話を聞くと、医療をめぐる環境は国策によって翻弄されてきていることがしみじみとわかりました。しかし、不満があるからといって、何も手だてを講じなければ病院はつぶれます。自治体病院ですから総務省、厚生労働省の政策によって収益に影響がでます。結論としては国の社会保障政策をめぐる環境=この動きに着目した経営が求められます。例えば都道府県の人口、陶生病院にとっては、愛知県や構成市である瀬戸市・尾張旭市・長久手市の将来人口によって経営戦略は変わります。
    (左上2015年 左下2020年 右上2030年 右下2035年 :長久手市)
    陶生病院研修会伊関教授③
    このグラフの下は0~4歳、上は90歳~です。真ん中は50~54歳です。中央から下が太い方が医療費は少ないと推測できます。
    陶生病院研修会伊関教授②

    (構成市の出生率一覧表です)
    陶生病院研修会伊関教授④

     結論として、「正念場の病院経営」ということでした。国の医療システム改革が進む中で、自治体病院も生き残りのための取組が必要な時代ということです。このために陶生病院においても「新しい病院改革プラン」を策定中です。
     長久手市には愛知医科大学病院があります。陶生病院は瀬戸市に設置され患者数も60%が瀬戸市民の方々です。どこか一つの病院が崩壊するとどこかの病院に患者さんが集中して、こんどはそこがパンクする危険がある。
     地域の高齢者・子育て世代のためにはこの2つの病院が安定的に医療を提供することが重要である・・と伊関教授は言いきりました。そのためには構成市からの「一般会計繰出金の削減」は逆に病院機能の劣化を招くと。削減により当面の財政支出は楽になっても、病院が競争に負けたら医療崩壊になり、削減額をはるかに上回る財政支出を行う危険があるということでした。

     私は、講演を聴いて病院経営は、まず医師の確保、時の国策への対応策、地域の将来人口から推計した総医療費の予測等々、あらゆる面を考えて行うことが求められていると感じました。今日は「自治体病院の経営」という講演会でしたから、医療の質、医師の倫理、生命とは・・・という視点の話はありませんでしたが、陶生病院の予算・決算を審議する一人の議員としては学んだ事は120%ほどありました。
     伊関教授、ありがとうございました。

     今年は短い秋。今日は惜しむような青空。「長久手農学校」卒業生の農園へ初めて野菜の買い物に連れて行って頂きました。彼女は隣町に住んでいるのに、ここの農園は何と長久手市でした。いつも車で通っているすぐ隣にある農園で友達の知人が野菜をつくっているなんて!これが、その農園です。
    農学校卒業⑬
     この方はアパレル関係の社長さんを長い間続けていました。その当時の姿は私も知っています。現在は「長久手市・農学校」を卒業して、社長業も卒業して自分で野菜を作っています。農学校は約10ケ月で40回ほどの授業です。土づくりの基礎、病害虫の防除など地元農家の方の指導のもとで農作業を行いながら学びます。驚くほどの転職です。
    ★今日の買い物
    農学校卒業⑭

     ★まず人参を土の中から抜きました。まだ少し小さいけれど甘い味がしました。
    農学校卒業⑥

    ★オクラです。
    農学校卒業⑧

    農学校卒業⑤

    ★ピーマンはもうこれでおわりかな?
    農学校卒業⑨

    ★ブロッコリー  これからの季節の野菜です。
    農学校卒業⑦

    ★白 菜  まだまだこれからですね。
    農学校卒業①

    ★大 根  まだまだ、冬が来ないとむりかな?
    農学校卒業④

    ★落花生(らっかせい) 食べる実は土の中です。
    農学校卒業③

    農学校卒業②
    (この落花生は何と紫の線があってキレイ、そして甘い!)
    農学校卒業⑮

    ★日本ミツバチの巣もありました。
    農学校卒業⑫

    ★ローゼル(ハーブティーになります)
    農学校卒業⑪

     農作業の大変さの中にも楽しさを見つけた知人です。野菜のお値段も明朗会計で価格札が作業小屋に掛けてありました。人参は3本100円。オクラは10本100円。お芋や落花生は〇g〇円・・・。長久手市の道の駅=あぐりん村にも出荷しているそうです。でもね、これだけでは生計はたてられないらしいです。共働きの奥さんに自分で作った新鮮で安全な野菜を食べてもらえる、こうして人づてに広まった方々に食べてもらえる・・・ストレスもなくやりがいがあると明るい笑顔で話してくれました。

     私たちは、新鮮野菜の買い出し・・のはずが、いつのまにか「いちさん農園」で新鮮な空気を吸い、青空を眺め、いちさんからミツバチの話を聞いたりとすっかり長居をしてしまいました。
     ダリアが一株・・昔懐かしい花・・・
    農学校卒業⑩



     戦後71年。戦没者追悼式。
    市長の式辞は、今年5月に「平和推進事業委員会」を発足した活動報告、そして今後はこの委員会が中心になって平和事業を推進し、市は市民をサポートしていくという内容でした。また二年前に制定した「非核平和都市宣言」にふさわしいまちになるように努力すると述べられました。
     戦没者追悼式でお会いする方々、特に遺族代表のお顔ぶれが変わってきたように思いました。以前は夫や息子が・・先の大戦で亡くなった方々が。今日は終戦の年に6歳であった方が、遺族代表で追悼のことばを述べられました。「戦後処理は終わっていない。シベリアや南方の島々や海に沈んだ人々。いまだ数十万の遺骨が眠っているということばに、このご遺族の気持ちが伝わってきました。

     この方の父親は、ある冬の寒い日、たった1枚の公報が届き、それに「ソ連シベリア地区で戦病死」と書かれてあったそうです。お母様は信じたくない気持ちに耐えきれなかったそうです。そして、今から24年前に「シベリア墓参」に出かけ、下の写真2枚はその時のスケッチです。
    【ボタ山のある炭鉱の集落 プカチャーチャ収容所付近・収容所は朽ち果てていた。】
    戦没者追悼式①

    【シベリアの大地に眠る】
    戦没者追悼式②

     極寒の空の下、凍土の上に捨て置かれる。祖国のためと駆り出され、この地獄のような地に送られたまま何十年も放置されることは許し難い・・。今の日本は豊かで繁栄しているが、時にはこの犠牲の苦しみを思い起こしてほしい、と。 (戦後70年記念誌 平和への願いより抜粋)

     参列した方々全員が白い菊を一輪づつ受取り、追悼の祭壇に献花しました。
    ともすればこの日、この時だけ平和の尊さを思いますが、戦争体験者からお聞きした経験や数々の資料などを、次世代の人々にも伝えていく役割を、私自身も持つ時代状況を感じ始めています。

     今日は午後、全議員の研修会でした。その前の時間を利用して執行部から説明事項がありました。
     私は(株)長久手温泉=ござらっせ+あぐりん村について昨年に引き続き今年の9月議会においても本会議で数十項目質問してきました。現在第三セクターとなっていますが、ござらっせ(温泉)は近隣に民間の温浴施設がオープンして競合激化、新規の施設と比較すると見劣りするなど課題があります。ところが議会に提出される資料には、経営状況を判断する「損益計算書」の中で、いわゆる売上の元となる販売費及び一般管理費(必要経費)が合計額のみだけで内訳の提出がありませんでした。再三求めても拒否してきました。

    ※長久手市情報公開条例32条と施行規則13条には「市は市が出資する法人の保有する情報の公開が推進されるように(株)長久手温泉に対して指導し必要な措置を講じなければならない・・と明記してあります。9月議会ではこの点についても質問しました。

     今日は役員が福祉の家から出て、足を議会に運び議員の前に揃いました。初めてです。
    ・代表取締役=副市長 ・専務取締役 ・会計責任者 ・温泉支配人 ・あぐりん村支配人 以上のメンバーです。
     何と、28年6月24日開催の「第14回定時株主総会議案書」が配布されて、その中に一般管理費(必要経費)の明細書がありました。社長である副市長から「今後は株主総会で開示したものは議会にも開示する」と説明がありました。2年かけて求めてきた情報です。
    (これが、開示された議案書です)
    長久手温泉株主総会議案書①

     これまでは、全てが議会に提出されてきたわけではありません。また、決算書についての細部は会社へ出向けば閲覧や説明を受けることが可能となりました。

     (株)長久手温泉は施設も老朽化し、「福祉の家」全体の再整備計画策定が行われています。今後は、多額の税金の投入が想定できます。これまでのように事後報告で済まされる議会にしてはいけないと私は思っています。執行部側もきめ細かい情報を開示して市民の理解がなければ事業を進めることが困難な時代にきたと判断したのでしょうか。

     第三セクターとはいえ、簡単に財政支援できる時代は終わりました。情報の開示は「不都合なこと」ではなく「市民も協力者」になると思います。用地購入も建設費も税金です。市外利用者が多い経営だからこそ市民と共に運営していけるような体質への構造的な変革も必要と思います。そういう観点から考えると、赤字体質から抜け出るためには必要経費が公開されたことは重要と考えます。

     一つ一つの細かな質問の成果が出て、第三セクターの厚い壁が少し薄くなりました。

     今年の死刑廃止デーの企画は「死刑廃止フォーラムin名古屋」と「愛知県立大学」とのコラボのもと、平岡秀夫元法務大臣をお招きして講演会を開催しました。予算を持たない市民団体のため約半年前から仲間たちで工夫して準備をしてついにこの日を迎えました。
     県立大学は長久手にありますが名駅にサテライトキャンパスがあり、ここで開催できました。テーマが死刑廃止ということもあり毎年、20名~50名と年によって参加人数に幅があります。今回は県立大学の川畑先生がゼミで取り上げて下さったことと、日弁連が10月7日、福井市で開催した人権擁護大会で「死刑廃止宣言」を採択したことがマスコミで報道されたことが影響して会場は満席になりました。数名の方々にはお帰り頂くことになってしまい申し訳なく思っています。
    (中日新聞が県内版で取り上げてくださいました)
    死刑廃止講演会中日新聞
     この講演会は3時間です。誰一人中座することなく、熱心に平岡元法務大臣の話を聞き、映画「望むのは死刑ですか=59分」を見て、意見を交わしました。特に大学生40人ほどの参加は初めてのことであり今後につながりそうです。これは県立大の川畑先生が事前に学生に資料を配布し、勉強をしたうえで出席の意向を確認してきた成果でした。学生は死刑制度の根本からその是非をや問題点を問い直して質問・意見を発言しました。また、平岡元法務大臣は発言に対する采配が上手で、活発な意見を聞くことができました。

    ◎「死刑が本当に極刑なのか」「なぜ冤罪がありうるのか」「ほとんどの人々が、自分または身のまわりの人が、加害者になりうることを想定していない」「死刑廃止国の国民からは、なぜ死刑が必要なのかわからない」など印象に残った。・・・参加者より
    ◎討論会後、清々しい気持ちになった。学生は川畑先生の下でしっかり勉強して死刑の事を根本から問い直していると感じた。今後に期待したい。・・・参加者より
    ◎こういう活動を一つ一つ積み重ねることがいずれ国会での議論を触発することになることを期待・・・参加者より

    (講演会の写真です)
    平岡元法務大臣①

    平岡元法務大臣②

    ◎タイミングよくという言葉がありますが、映画「望むのは死刑ですか」の監督・長塚洋氏も新幹線の帰り道という事で参加してくれました。この映画は日本では死刑存置を望む声が世論の80%と言われるが本当なのか?国民が死刑制度をどこまで知り、命を奪う刑罰の是非を考え抜いて出した結論にもとづく世論か?都民135人を集めて行われた審議型意識調査で市民たちが模索する姿を映し出した内容です。

     個人的には、平岡元法務大臣とは2000年に初当選した仲間であり、平岡氏は5期衆院議員をされた方です。懇親会では企画した仲間と半年の活動を一つ一つ振り返りながら、また平岡元法務大臣や長塚監督とも講演会では聞けなかったお話をして無事に新幹線にお送りできました。

     平岡元法務大臣は現在は東京で弁護士として様々な事件で活躍されています。お礼メールに対する返信は日弁連の「死刑廃止宣言採択」決議直後に、大変良い機会をいただいた。多くの国民の皆さんが死刑制度について議論していけるようにお互いに頑張りましょう~と、この講演会が盛会であったと受け取れる内容でした。
     日弁連は「2020年までに仮釈放のない終身刑の導入を検討する死刑廃止」を目指すとしています。私はこの運動に参加して26年過ぎました。4年後は30年目となります。




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