2015年12月

    74年前の今日、昭和16年12月8日太平洋戦争が始まった日です。
    今朝のテレビのニュースで一番に耳にした言葉です。

    戦争・・というとすぐに思い浮かべるのは母です。母は大正生まれの97歳。
    静岡県富士宮市に生まれ、現在も生まれた町に住んでいます。
    週に3日デイサービスに行きますが、身のまわりのことはゆっくりと時間をかけながら自分でします。
    食欲も旺盛ですが、足腰はだいぶ弱くなり外出時は杖をつきながら10m歩いては立ち止まり・・・というかんじですが何とか自力で移動できます。昼間はベッドに横になり、食事の時には起きてきて、ついでにテレビを見たりしながら日記を書くのが日課です。

    写真は私の母です。今年の夏に写しました。
    母
    戦争の頃のことはもうあまり覚えていないといいました。あと3年で100歳になるので記憶がないよ~と。
    覚えていたことは、父と結婚して父が軍属だったので九州の小倉・坂本町に住んでいたこと。長女だったので戦争が激しくなってきた時に祖母が心配して、生まれ故郷の富士宮市の戦車学校の社宅に住めるようにしてくれたこと。戦後は、みそ、醤油は配給だったこと、野菜は実家が農家だったので食べることについての不自由さは覚えていないようです。私は6人兄弟姉妹です。母は昭和17年から27年の間に私たちを産み戦後も働きながら育ててくれました。

    写真は実家から歩いて5分くらいの場所です。2年前のお正月の富士山です。
    田に水がはってあり、逆さ富士です。感動ものですよ。
    富士山
    もう一人の身近な戦争体験者の方は74歳。
    昭和20年の春頃=幼児の頃には防空壕を掘るのを見ていた。B29が今の瑞穂グランド付近に落ちたという話を聞いた。戦争の最中には夜間空襲で畑の中を家族全員で逃げ回った。家に戻ると家の隅に焼夷弾が不発で落ちていた。

    この方は「平和は命です。」と、このような思いはもうしたくないし、子や孫にはさせてはいけない・・。
    憲法第9条を素直に読んで政治をやってほしい。この気持ちでいっぱいです・・・と話してくれました。

    戦後生まれの私ですが、富士宮の実家に帰ると近所に当時使われた赤茶色になった戦車が記念として展示されています。悲惨な戦争の体験をした人々がいます。過去の歴史や体験に耳を傾けて、戦車を展示物として、使うことなく見ていけるような社会が続いていくために私なりの努力をしていきたいと思いました。

    会派打合せ
    明日から市長提案議案の委員会審議が始まります。委員会での採決がありますので会派として議案に対する賛否についての勉強・打ち合わせをしました。

    私は無所属ですが、一緒に会派を結成している上田大議員は民主党に所属しております。
    19議案に対してひとつづつお互いの意見を出し合いました。
    一般会計の補正予算は長久手市独自のものですが、マイナンバー法施行をうけて、この法律を根拠法として条例制定する議案は根拠法に対する考え方が違うと賛否も分かれますが、しっかりと時間をかけて態度を決めました。

    地方共済年金が厚生年金に一元化されたことによる議案は悩ましい問題です。
    指定管理者指定の議案、これは「指定管理者選定委員会」の資料を事前に委員会として入手していたので審査の観点に対する配点と評価点数をみながらどこが問題なのか二人で意見交換しました。

    お互いに考え方や、施策に対する見方が違うので全ての議案に対する賛否は一致しませんでしたが、気持ちも爽やかに委員会に臨むことができます。

    ※写真は今日の様子です。資料をたくさん並べて、時にはパソコンで根拠法を調べながら・・・。
     長久手市役所は、村役場の頃からの小さな建物のままです。そこに急激な人口増により職員数も増えて会議室や執務室が不足しています。市制も施行されて議会も会派制になり会派用の部屋も準備していただきました。とっても小さな部屋ですが自由に意見交換ができるのでとても助かっています。

    学童市が洞④
    今日は市が洞(いちがほら)学童保育所の開所式にでかけてきました。
    受付で写真のクッキーを頂きました。なんと今日の準備のために昨夜4年生~6年生のこどもが一泊して作ってくれたクッキーでした。温かく歓迎していただき子供たちも保護者の皆さまも待ちに待った学童保育所なんだな!と感じました。(公設民営です)

    開所式がとても素敵でした。別名動くテレビ局といわれている保護者が作製したDVDでは学童保育所の一日の生活の様子や、この新しい保育所内で歓迎の踊りを披露してくれる様子、おやつを食べたり、遊んだり、お勉強したり・・・5分間の中にぎっしりと子供たちの笑顔が写っていました。

    父母会会長さんの挨拶には多くの方々が涙を。長久手市は学童保育を父母会に委託しています。ですから5年かかって西学童保育所から分割して今日を迎えることができたこと、また、子供が元気に健やかにこの学童保育所で過ごしてくれるから親も元気に働ける・・と。私も自分の子育ての頃を思い浮かべながらご挨拶を聞きました。

    学童児童の挨拶は、とてもしっかりしているな~みんなが兄弟姉妹のような関係で放課後ここにきて過ごしているんだと思いました。「明日、12月7日からここで生活していくとおもうとドキドキします。みんなでルールも作りました」子供たちなりにたくさんのことを考えて明日から「生活」していくんだなって。
    この写真の看板も昨夜一泊して作ったものですよ~。
    学童市が洞③
    指導員の先生は主任の先生をはじめとして8名の方々の紹介がありました。
    子供たちが市長さんとテープカットをするなどして、明るくて、子供たちの手作りの開所式でした。
    こどもたちがキラキラ過ごせる日本一の学童保育所にするよって、話してくれました。
    学童市が洞②
    学童市が洞①

    バイオリン
    12月5日(土) 長久手フィルハーモニー管弦楽団の練習日は毎週土曜日の6時~です。
    今日の練習会場は福祉の家集会室でしたから9時に終わります。文化の家ですと閉館時間の10時までです。

    いよいよ2週間後の12月20日(日)には第24回定期演奏会を迎えます。今回の曲、マーラー 交響曲第2番ハ短調「復活」は合唱付きの大曲です。今日は練習終了後にいつものように前日リハ―サールと本番の進行表が配布されて運営委員長から注意事項等ふくめた7枚にわたる資料の説明がありました。この進行表の説明があると、いよいよ本番だな~と気持ちが引き締まってきます。

    いつものことですが練習時間もなかなか工面できず、納得のいかないままに本番の日がきてしまいますので少し気合をいれて練習に参加してきました。この曲を弾けるのもあと2週間です。本番が終わると、すぐに次回6月の定期演奏会の楽譜が配布されていやがおうでも今回の曲の余韻に浸っていられません。

    私はセカンドバイオリン(2nd Vn)のパートです。
    写真は今回のマーラーの楽譜と愛する楽器です。この曲は♭が4つとか5つ、♯も4つとか5つと、次々と調がかわり♭が5つのときはドレミファソラシドの音階のうち5つを半音下げます。♯の時は半音上げて弾きます。
    頭をきりかえないと出来ません。半分は慣れかな~。

    音楽の専門教育を受けていないので私にとってはとても大変です。楽譜が配られたころは練習へいくのに気持ちが重たいですが曲になれてくるとアンサンブルの楽しさに気持ちも高まってきます。
    マーラーの第2番も、この頃やっとなんとか・・・・です。

    残り2週間で写真の楽譜ともお別れです。この譜面は本番当日までのレンタル契約譜なので、契約上、コピー譜も残さず回収されます。本番が終わった時に返却してお別れです。6ヶ月のお付き合いに感謝しながら、でも楽譜を手元に残せないということは、本当に寂しいことなんですよ。

    議場の写真
    (12月4日・金)
     今日で16名の議員の一般質問が終わりました。
    皆さんそれぞれの立場から市政に対する要望を取り上げ、聞いていてとても学ぶ事が多かったです。

    午前9時30分から始まりますが、夕方終わるころには夕闇に包まれて帰ってきます。
    自分が問題意識をもっていなかった事に対する質問には、とても興味があります。

    6月議会、10月議会、そして12月議会と3度目ともなると仲間の議員の持ち味や特徴、傾向がわかるようになりました。そしてどのような分野に関心を持っているのかも知ることができました。

    議員は裁量労働です。明日は週末ですが土日も地域や町内の行事があるので参加してきます。

    来週からは、市長が提案した議案の審議が始まります。
    私は暮らし建設委員会に所属しています。議案審議のためにあらかじめ収集しておいた資料を勉強して委員会の日には疑問点などを質問します。委員会で審議したあと当日に採決して、最終日の本会議で討論採決という流れです。

    ※写真は本会議場の私の席です。

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